20120110

いつも言葉が先にある




やっぱり一人がよろしい雑草


やっぱり一人じゃさみしい雑草

言わずとしれたゼクシィのCM。内田裕也が逮捕されるというアクシデントも表現に昇華するしたのは、ハプニングを愛する箭内道彦さんの真骨頂といったところ。

種田山頭火の「やつぱり一人がよろしい雑草 やつぱり一人がよろしい枯草」がもとになっていて、最後の“枯草”の部分を変えるだけで、ずいぶん印象が変わる。ただ、樹木希林が一人でぽつんと座っているビジュアルに合わせるのであれば、“雑草”でそろえるCMバージョンのほうがしっくりくる。ぼくが言うことでもないですが。。。

さて、このCMを文章に残しておきたくなったのは、ナレーションの「二人は少しずつ夫婦になっていく」に、なるほどと思うところがあったから。

何か新しい環境に踏み出す時には、いつも言葉が先にある。夫婦、夫、妻、成人、大人—。いつも言葉が先で、それに少しずつ体と頭がついていき、成長する。理想と現実の差に悩む。そしてまた、成長する。

2ヶ月ちょっと前に甥っ子が生まれ、ぼくは伯父さんになり、姉はママになった。伯父さんの役割は、甥っ子を溺愛することと、かっこいい大人になることだから、とくにプレッシャーもないのだけれど、姉はちゃんと育てていけるのかどうか不安もあったようだった。

一日中、泣いて、おっぱい飲んで、おしっことうんちをして眠る赤ちゃんを前に、1対1で向かい合ったら、それは不安もたくさん出てくると思う(芸能人で、「子育て超楽しい!」って言っているのをテレビで見かけるけれど、本当に尊敬する。それが本当でも嘘でも。)


赤ちゃんの2ヶ月目は、ママの2ヶ月目でもある。

たまに遊びに行って、2人が変わって行くのを見守りたいと思う。もちろん、2ヶ月目のパパとも、これまで以上に仲良くしたい。

そして、伯父さんとしての2ヶ月は、今のところこれまでと何も変わらずに過ぎている。

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